経済学的たとえ話

 ある人がいる。このひとは各種財 X= (X_A,X_B \dots)を所有している。その所有量のベクトルを x=(x_A,x_B\dots)としよう。もちろん

 x \in \mathbb{R}_+^n

だ。彼はこの Xという財の所有パターン x = (x_A,x_B,\dots)について、評価額をつける。

 S(x)

これは凸関数であると期待できる。なぜなら、あまりにたくさんの財を持っていても面白くない。しかし、欠乏していれば少しでもありがたい。だから S(x)の値は
 Xの増加に対して、最初は急に、あとで緩やかに増える。いわゆる限界効用逓減の法則というやつだ。

 さて、彼の他にも同じ種類の財の所有者がいたとする。その人も、所有する財に評価額をつけている。この二人の評価額関数を S_1(x_1)および S_2(x_2)としよう。
あるとき、二人は、お互いに物々交換をすると、いい感じにお互いの評価額の総和が上がる可能性に気づいた。

 ここで、取引参加者は常に総和を見ていることがポイントである。この二人は全体の福祉を大変重視している! 財をそのひとにプレゼントすることで、自分の所有物の評価額が減るかもしれないが、それ以上に相手の評価額が上がるならそれもよしとする人々である!すばらしい助け合いの精神!


 そこで、お互いの財を交換して、評価額を上げることにした。どのくらい取引をすると最大に達するかは、二人の S_1,S_2関数による。
財は保存的に交換されることを考えれば、二人が X_Aについて財の交換をやめるのは、


 \frac{\partial S_1}{\partial X_A}(x_1)=\frac{\partial S_2}{\partial X_A}(x_2)


が成り立つときだ。この条件がなりたつところまで彼らは物々交換をして、大変満足した。
満足したので、彼らはいつでも可能であればこのような交換取引を引き受けることにした。
 \frac{\partial S_i}{\partial X_A}を、人iAについての取引価格と呼ぶことにしよう。



 さて、こういう取引を気前よくやるひとたちが大量に集まったとする。彼らが持っている財のトータルは莫大なので、彼らと財  X_Aを少しくらい取引しても、彼らは彼らのうちですぐに他の取引をし始めて均衡に戻る。このため彼らの取引価格はちっとも変わらない。こうした集団は市場をなすと言える。つまり理想化すれば、財 X_A市場とは常に一定の取引価格でのみ取引に応じてくる。財 X_Aを取引価格 p_Aで取引してくれる市場は、いわば S_r(x_A)=p_Ax_Aという評価額関数をもつ仮想的な人のようなものだ。



 このような市場にかこまれている人は、当然自分の取引価格が p_Aになるまで即座に取引をするだろう。こういう市場に囲まれている人同士の間で、 X_A以外の財を取引しようとしたとする。このときは、取引でなにか不都合があっても、その埋め合わせを即座に市場との X_Aの取引で補償して、より円滑な取引をするだろう。だから、 X_A以外の財( X_Bとしよう)の評価額は、こうした補償を差し引かなくてはいけない。財 X_Aの価格 p_Aでの市場にいる二人が、市場を含めた全体の評価額を最大化しようとすることは、次のような量の和を二人の間で最大化することに等しい。

 \phi_i(p_A,x_B)= \max_{x_A} S_i(x_A,x_B)-x_Ap_A

このルジャンドル変換の形が、彼らが常に市場を含めた全体の福祉を考慮に入れていることによる補償項である。なんという善良な人々だ!


 さて、あなたは財の流通をコントロールする政策担当者だとする。このような善良な人々が取引をしている様子をみて、ある人の財 X_A保有量をコントロールしたいと思った。あなたは行政上の権限を使って、その人から X_A以外の財を取り上げたり与えたりすることはできるが、自由経済に守られた  X_Aをどうこうすることはできない。というか、与えてもすぐ市場との取引で原状回復するだろう。また、その人の他の財を取り上げると言っても、その人からみて、市場を含めた全体評価額を下げるような取引はもちろん応じてくれない。当然だ。これだけすべての取引で公共の福祉を優先する人に対して、全体でも損をするような取引を行政が強いてきたと知られたら、あなたの上司は次の選挙で落選するだろう。


 あなたは X_Aの価格 p_Aによる市場のもとで、この人に財 X_Bの与奪を持ちかけることで、この人が X_Aどれだけ手放してくれるかに興味があるとする。その人の X_A保有量に興味があるから、この人の評価額関数の逆関数を次のように採ったとする。

 X_{A,1}(s_1,x_B)

ここには市場もある。この人は市場を合わせた全体評価額の最大化に大変気を配っているのだから、市場の X_A補償も考慮に入れねばならない。市場の評価関数は線形だったから、これの逆関数は単に

 X_{A,r}(s_r) = p_A^{-1}s_r

である。あなたはこのひとに X_Bについて x_B \rightarrow x_B^\primeという取引を持ちかける。このひとは当然その取引の補償を、市場との X_Aの取引で行うだろう。しかもその間、 X_Aを市場と取引して、市場を含めた全体の評価額を減らさないようにするはずだ。あなたは頭を捻った結果、うまくやれば、この取引でこの人が市場に放出してくれる X_A

 X_{A,1}(s_1,x_B) - p_A^ {-1} s_1  - \min_{s^\prime}  (X_{A,1} (s^ {\prime},{x_ B}^ {\prime})-p_A^ {-1}s^ {\prime})

であるとわかる。ところで  x_ B \rightarrow {x_ B}^ \primeというのは試験的に考えた取引だ。この人が x_Bという初期値を持っているとは限らないから、もっと勝手な値をとったときにどうなるかを考えたい。だから本当に興味があるのはいろんな  x_B^ \primeについてのこの量の相対値だ。そこで

 F({p_ A}^ {-1},x_ B) = \min_ {s^ \prime} (X_ {A,1}(s^ \prime,x_ B)-{p_ A}^ {-1}s^ \prime)

という量をあなたは定義した。これは、このひとに X_Bの取引を持ちかけたときに放出してくれる X_Aの量を計算するポテンシャル関数だ。 X_Bの取引を持ちかけたとき、うまくやれば、この人は F({p_A}^{-1},-)の差分だけ X_Aを手放してくれる。


以上のオハナシで、

  • 財:示量変数
  • 評価額:エントロピー
  • 取引額:示強変数
  •  \phi:マシュー関数
  •   F:自由エネルギー

とすると通常の熱力学になります。