外積代数規格化戦争

 巷では外積代数/微分形式/グラスマン代数が流行っています(局地)

そこで微分形式、というかそのファイバーの外積代数をちょっと思い出すぞムーブメントが発生するわけですが、いろんな本、ないし使用例での外積の定義を見ると、どうも係数が違うぞという気づきがあります。

 これは、ぶっちゃけると、ある種の目的に関しては外積をどう定義しようがどうでも良い側面があるため、各位が思い思いの定義を取ってしまうのです。これにより読者は混乱させられ、疲弊し、そうこうしているうちにあっという間に人生が終わってしまう。

 そのような損耗を避けるために、一体全体どんな流儀がどこで使われ、なんでそんなことになっているのか、という考察をまとめておきます。

 まず外積代数を定義します。有限次元線形空間Vを用意し、これのnテンソルの直和代数としてのテンソル代数を構成します。

T(V)=\oplus_n V^{\otimes n}

そこで\{v\otimes v| v\in V\}が生成するイデアルIによる商代数を \wedge (V) = T(V)/Iとします。これが外積代数です。

 外積代数に\wedgeなる双線形積(外積)を定義しましょう。ここからが問題です。一応商代数として作ったので、現時点でq:T(V)\rightarrow \wedge(V)自然な全射準同型があり、これに整合するような\wedge(V)上の積がすでに一つあるのですが、いくつかの事情によってこれ以外の定義も採用する場合があるのです。ここでは3つの定義を見ます。

 少し準備をします。次のような反対称化作用素を用意します。

 A=\oplus A_n, A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)= \frac{1}{n!}\sum_{\sigma}\mathrm{sgn}(\sigma) v_{\sigma(1)}\otimes v_{\sigma(2)}\dots v_{\sigma(n)}

 これはちょうどイデアルIを核にもつことがわかります。\wedge(V)の元は、集合論的構成では \phi+Iのような形になっているので、ここにAを作用することで代表元を一つ取り出すことができます。この写像単射です。したがって、\wedge(V)の実体を、商集合ではなくて、\mathrm{Im}(A)と考えてもよいことになります。これは、各項の入れ替えに対して反対称であるような要素の張るT(V)の部分空間と思ってよいです。とくに、外積を定義する際、A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)のような要素に対してのみ定義し、それを拡張するとしても十分になります。

 では定義を始めましょう。

1. 元のテンソル代数に対して自然なものにする。

 A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)\wedge A_m(v_{n+1}\otimes v_{n+2} \dots v_{n+m})=A_{n+m}(v_1\otimes v_2 \dots v_{n+m} )

このとき、テンソル代数上では

v_1\wedge v_2 \dots v_n = A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)

となります。

メリット:

 これは外積代数の構成時の全射準同型にとってはもっとも自然なものです。自然なので検算が容易です。今全射準同型はAにほかならないので、これは\otimes\wedgeをそれぞれの構造射とみたときに代数準同型になるものです。

2. 内積からくるノルムに対して自然なものにする。

 A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)\wedge A_m(v_{n+1}\otimes v_{n+2} \dots v_{n+m})=\sqrt{\frac{(n+m)!}{n!m!}}A_{n+m}(v_1\otimes v_2 \dots v_{n+m} )

このとき、テンソル代数上では、

v_1\wedge v_2 \dots v_n = \sqrt{n!}A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)

となります。

メリット:

 もし、V内積が入って居た場合、それについての正規直交基底\{e_i\}_iに対して、

 \{ e_{ i_1 }   \wedge e_{  i_2  } \dots e_{  i_k }  |  i_s  \lt  i_{s+1} \}

は、正規直交になります。すなわち、直交性が成り立つ場合に、単位ベクトルの積が再び単位ベクトルになります。この意味で、内積からくるノルムが重要な役割を果たすとわかっている場合には、この定義が有用になります。

 具体的にはフェルミオンフォック空間はこの積による外積代数をなします。

3. テンソル成分計算に対して自然なものにする。

 A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)\wedge A_m(v_{n+1}\otimes v_{n+2} \dots v_{n+m})=\frac{(n+m)!}{n!m!}A_{n+m}(v_1\otimes v_2 \dots v_{n+m} )

このとき、テンソル代数上では、

v_1\wedge v_2 \dots v_n = n!A_n(v_1\otimes v_2 \dots v_n)

となります。

メリット:

 もし、あなたが何らかの古典場理論をやっているとして、微分形式で書かれている量を、反対称化されていなくてもよいただのテンソル場に戻して計算する必要に迫られたとしましょう(古典場の理論とか)。

このとき、その微分形式は次のような成分表示をもつはずです。

 F= \sum_{i_1 \lt i_2\dots i_k} f_{i_1,i_2\dots i_k} dx^{i_1}\wedge dx^{i_2}\dots dx^{i_k}

あなたはこれをただのテンソル場として見做したいと思っています。つまり、知りたいのはdx^{i_1}\otimes dx^{i_2}\dots dx^{i_k}の成分です。外積ではなくテンソル積です。ところが

 dx^{i_1}\wedge dx^{i_2}\dots dx^{i_k} = \sum_{\sigma }dx^{i_{\sigma(1)}}\otimes dx^{i_{\sigma(2)}}\dots dx^{i_{\sigma(k)}}

であるので、実はdx^{i_1}\otimes dx^{i_2}\dots dx^{i_k}成分は f_{i_1,i_2\dots i_k}そのものです。つまり、外積代数の反対称性を単に忘れるだけでテンソル成分の正確な計算ができます。

で?どれを選べばいいの?

 どれを選んでも一長一短なので諦めましょう。