Haar測度の構成

この記事は好きな証明AdventCalender 2018の10日目です。

adventar.org

 次の定理があります。

(局所)コンパクト位相群の左(右)移動で不変な測度(Haar測度)は存在します。

 この証明の、おおざっば()な筋書きを、二通り紹介します。 この2つはほとんど同じことをやっており、まったく同じ飛び道具を使って測度をババーンと作ってしまいます。 このババーン部分が無駄にCool(と僕は思った)なので、それをシェアしたいというものです。

1.まずそれは何

 Haar測度が何で、それがあるとなぜうれしいかという話をします。 測度というのは(部分)集合の大きさを測るものです。 集合には論理演算ができて、特に排他的和があります。 集合から正実数の割当てでこの排他的和を和にうつす(可算個でもOKなもの)を測度といいます。 測度の定義域は、ある集合族で、集合の(可算個の)和積補集合で閉じるものです。これを可算加法族といいます。

\Sigma\subset 2^\mathbb{\Omega}

\mu:\Sigma\rightarrow \mathbb{R}

\mu (\sum_i X_i)=\sum_i\mu(X_i) (X_i\cap X_j = \emptyset (i\neq j))

測度論 - Wikipedia

 測度があると、積分ができ、これをルベーグ積分といって、 大抵の場合リーマン積分よりも(収束性や連続性といった)性能が良いです。

 位相群というのは位相情報をもった群で、例えば身近なものでは回転群、並進群、あるいはこの組み合わせ、 物理の人なら、ポアンカレ群、ゲージ群などもそうです。群の演算が全部それがもつ位相について連続なものです。 局所コンパクト=「コンパクトな近傍がある」が条件についていますが、 応用系の人がすぐ思いつく連続位相群はだいたいそうなのであまり気にしなくてよいです。

位相群 - Wikipedia

 位相群上の測度が左不変であるとは、群の可測集合(測度で測れる集合)に対する左作用で、測度の値が変わらないことを指します。 つまり、\mu(gX)=\mu(X)です。gX=\{gx|x\in X\}と略記します。 別に右でもよいのですが、Haar測度と言ったときは慣習上左のことが多いです。

 さて、なぜこれがあると良いのでしょうか? 一つには、(めっちゃ一般化された)フーリエ解析をやりたいのです。 ご存知フーリエ解析は、\exp(ikx)\mathbb{R}上の関数を展開してワーーーッとやります。 ここで「\mathbb{R}は可換な局所コンパクト位相群で、\exp(ikx)はその既約表現である」という事実があります。 じつはこれは一般の位相群に拡張できるのです。つまり一般に位相群の上の関数の情報を、その群の表現の成分で解析できるのです。 そのとき、群上の関数を積分したくなります。すると測度がほしいですが、どんなものが良いでしょうか? 群作用があるので、これに素直に振る舞ってくれるものがよいです。まさにそこにHaar測度が使えるのです。 というわけで、Haar測度は群上の関数解析になくてはならないものです。

2.証明の筋書き:前編

 では、このHaar測度はどうやって作ればいいでしょうか? 実は具体的なリー群とかであれば、 具体的にエイヤッと計算できることが多いです。実際それで間に合ってしまいます。 ところが、特にそういった具体的な情報がなくても、存在は保証されてしまいます。これが今回の定理です。 存在する、ということは(構成的じゃないかもしれないけど)なんらかの測度のつくり方があるわけですが、 一体どうやるんでしょうか?

ここで、文献情報です。この記事は次の2本の証明をベースにします。

[1]https://www.math.uchicago.edu/~may/VIGRE/VIGRE2010/REUPapers/Gleason.pdf

[2]G.B.Folland A course of abstract harmonic analysis

https://www.amazon.co.jp/Abstract-Harmonic-Analysis-Textbooks-Mathematics/dp/1498727131

 証明を眺める前に、この2つの証明はある意味でほとんど同じことをやっているのですが、 これがどういった意味で同じであるかというのを補足します。

まず測度を作る必要があるのですが、局所コンパクトハウスドルフ空間位相群もハウスドルフです)上の ラドン(位相に対して適当に性質が良い)測度と、その上の連続関数環の双対空間が1対1対応するという事実が知られています。 これはRiesz-Markov-Kakutaniの定理と呼ばれています。

リースの表現定理 - Wikipedia

 どういうことでしょうか?めちゃくちゃざっくり言うと、積分と測度はおんなじ」という主張です。 測度があると、積分ができます。積分とはどんな写像でしょうか?それは、その空間の関数を、線形にスカラーに移します。 関数がある程度小さいか、測度がある程度小さいならば、この写像有界になるでしょう。 つまり、測度から、関数空間からの線形汎関数、つまり関数空間の双対空間の元を手に入れられます。 そしてその逆が成り立つ、というのがRMKの主張です。関数空間の双対空間から、測度が手に入ります。

この意味で、測度を議論することと、積分に相当する汎関数を議論することは等価です。 先の2文献の違いは、[1]は前者の、[2]は後者の立場で構成をやっているという点です。それ以外の部分は概ね似通っています。 測度の場合の左不変性は\mu(xX)=\mu(X)ですが、これを積分に翻案すると、 群上関数の左移動を

(L_g f)(x)=f(g^{-1}x)

で、定めると、

\int L_g f(x) d\mu(x)=\int f(g^{-1}x) d\mu(x) = \int f(x) d\mu(gx)= \int f(x) d\mu(x)

なので、左不変な測度を見つけるかわりに、群上関数環の線形汎関数FFL_g=Fであるようなものを見つけても良いです。

まず[1]の構成を眺めてみましょう。 コンパクト集合Vを一つとって、他のコンパクト集合Kに対して(K;V)なる量を次のように定義します。

(K;V)=\inf \{\#I |K\subset \cup_{i\in I} g_iV\}

これはどういう量でしょうか?今群構造を使うことで、Vをいろんな位置に動かすことができます。 Vを左移動させて、これをいくつかつかってKを被覆します。

直感的には次のような感じです。

f:id:phykm:20181211011623j:plain
KをV3つで被覆

図が汚い…お絵かき能力のNASA

Vが内部を持っていれば、Kのコンパクト性からこれは有限個で済みます。この最小の数が(K;V)です。 つまり、直感的にはKV何個分か?」という量です。測度っぽいですね。 実際測度っぽい性質がいくつか成り立ちます。

単調性

K_1 \subset K_2 \Rightarrow (K_1;V)\le (K_2;V)

劣加法性

(K_1\cup K_2 ; V)\le (K_1;V)+(K_2;V)

連鎖律

(K_1;K_3)\le(K_1;K_2)(K_2;K_3)

そして大事ですが左不変性も成り立ちます。Vの移動に左移動を使っているからです。

しかしこの「測度」はVを1単位としているので、めちゃくちゃ粗いです。実際加法性ではなくて、劣加法性です。 ではVをどんどん小さい集合にとっていけばいいかというと、今度は(K;V)の値がどんどん大きくなってしまいます。 そこで、これを相対化した次を考えます。もう一つコンパクト集合K_0を固定して

I_V(K)=(K;V)/(K_0;V)

と定義します。こうしても以上の測度っぽい性質は全部継承されます。 しかも、今度はVを小さくして行けば、分母と分子両方が大きくなって行くので、 I_Vの値自体は大きくならず、どんどん精度がよくなっていきます。 しかし、

 V = \emptyset だとか、

 V = \{ e \} とは置けません。

なんらかの極限を取る必要があります。 その極限はどうやって作ったら良いでしょうか?

ここのネタバラシは次節にして、[2]の構成も見てみましょう。やっていることはとても似ています。 こんどは線形汎関数を作るので、コンパクト集合ではなく、コンパクトサポートな正値関数vを一つ固定します。 これを使って、他のコンパクトサポート正値関数fに対して(f;v)なる量を次のように定義します。

 (f;v) = \inf  \{ \sum _i c_i | f  \le \sum_i c_i L_{g_i} v, c_i > 0 \}

考え方は一緒で、関数であるために値が連続的になりますが、これもfvいくつ分か?」という量です。 まったく同様に、単調性、劣加法性、連鎖律、左不変性が成り立ち、加えて定数倍をそのまま通します。

(cf;v)=c(f;v)

やはりvをどんどん「小さく」、具体的にはvのサポートを小さくすることで、この精度を上げたいのですが、 このままではどんどん大きくなってしまうので、これも相対化します。もう一つコンパクトサポート正値関数f_0を固定して

I_v(f)=(f;v)/(f_0;v)

を定義します。そしてvのサポートをどんどん小さくしていきます。ここでも同様に極限を取る必要があります。

3.証明の筋書き:後編

 では以上のI_V,I_vの「Vを小さくする極限」をどうとったらいいでしょうか? この極限は、「同じ場所」で取りたいので、群単位元の近傍系とします。

ここで道具を2つ用意します。

 ある閉集合族が有限交差性をもつ、とは、それらの有限個の積が空でないことを言います。 Xをコンパクトな空間として、有限交差性を持つその部分閉集合属をFとしましょう。 このとき、\cap F\neq \emptysetであることが次のように示せます。

背理法を使います。\cap F=\emptysetであるとします。このとき\cup_{A\in F}A^c=Xです。 A^cは開集合なので、これは開被覆であり、コンパクト性から、有限個のA_1\dots A_nをとって \cup_{i=1}^n A_i^c=Xとできます。したがって、\cap_{i=1}^n A_i=\emptysetとなりますが、 これは有限交差性に反します。よって、\cap F\neq \emptysetです。

それから、チコノフの定理というものも用意します。これは次のような定理です。

コンパクト空間の直積空間は(何個の積でも!)直積位相でコンパクトである。

チコノフの定理 - Wikipedia

さて、I_V,I_vの極限を取りましょう。実はコンパクト集合K、及びコンパクトサポート関数fを固定すれば、 I_V(K),I_v(f)のとる値は、V,vによらない有界区間に収まることが示せます。これをX_K,X_fとしましょう。

\mathcal{K}をコンパクト集合全体、C_c^+(G)をコンパクトサポート正値関数全体とします。 これを用いて、

\Pi_{K\in \mathcal{K}} X_K

\Pi_{f\in C_c^+(G)} X_f

というめっちゃでっかい直積位相空間を作ります。 これは、今ほしいものが集合族から正実数、ないし関数空間から正実数の関数なので、 それを性質によらずぜーーーんぶ含んでしまう巨大な空間をまず作ってしまおうというものです。 実数の有界区間はコンパクトですから、チコノフの定理から、この巨大な空間も、巨大なのにコンパクトです。

そして、単位元近傍N\in\mathcal{N}ごとに、粗い測度の集合を

\mu(N)=\{I_V| V \in \mathcal{K},V\subset N \}\subset \Pi_{K\in \mathcal{K}} X_K

M(N)=\{I_v| v \in C_c^+(G), \mathrm{supp} v \subset N \}\subset \Pi_{f\in C_c^+(G)} X_f

と、このでっかい空間の部分集合とみなしてしまいます。 \mu(N)は、左不変な「粗い測度」で、分解能がNよりもいいもの全体、 M(N)は、左不変な「粗い線形汎関数」で、分解能がNよりもいいもの全体、 と読むことができます。

そして、極限をとるかわりに、これの直積位相で閉包\overline{\mu(N)},\overline{M(N)}をとります。 閉包と簡単にいいましたが、実質的にその空間の収束列の収束先をすべて含めることなので、 ここで極限をとっていることになります。 つまり、\overline{\mu(N)},\overline{M(N)}には、めっちゃ精度のいい測度/線形汎関数が含まれているはずです。 しかしその精度のよいものをどうやって取り出せばいいでしょうか? このままでは精度の悪いものも一緒に含まれているので、どれを取ればいいのかわかりません。

ここで実は

\cap_{i=1}^n \overline{\mu(N_i)}=\overline{\mu(\cap_{i=1}^n N_i)}

\cap_{i=1}^n \overline{M(N_i)}=\overline{M(\cap_{i=1}^n N_i)}

が成り立ちます。N_iは、単位元の近傍をとることとしました。近傍系は有限交差性をもちました。 このことから\{\overline{\mu(N)}\}_{N\in\mathcal{N}},\{\overline{M(N)} \}_{N\in\mathcal{N}}も有限交差性を持ちます。 なぜなら、近傍の有限個の交差は再び近傍であり、\overline{\mu(-)},\overline{M(-)}は任意の近傍について空でないからです。

すると、直積空間のコンパクト性と、有限交差性から

\cap_{N\in \mathcal{N}} \overline{\mu(N)}

\cap_{N\in \mathcal{N}} \overline{M(N)}

「空でない」ことがわかります。この要素はあらゆるN\in \mathcal{N}よりも細かい分解能を持つ、 めちゃくちゃ精度のよい測度/線形汎関数です。実際、以上の議論をもっときちんとやると、 ここに含まれる要素にはちゃんと加法性\mu(\sum_i X_i)=\sum_i \mu(X_i)が成り立ちます。 つまり、我々の望む測度/汎関数が手に入りました。あとはこれらの定義域を自然に拡張することで、Haar測度が手に入ります。

4.何が面白いのか

 僕は学部で一般位相をやった当初、チコノフ定理のどこがすごいのかまったくわかりませんでした。 しかし解析学をもうちょっと踏み込んでみると、以上のように、コンパクト性がほしいときにすごいパワーを発揮したりします。 コンパクト集合の直積がコンパクト、というとなんでもないようですが、 この直積の数はどれだけ大きくてもよいのです。すごいですね。

 また、以上の作り方は、ほしい要素の素材を、あるデッカイ空間に埋め込んで、そこで極限をとってくる、というやり方をしています。 これってとってもスマートだと思いませんか? 例えばシュワルツの超関数とかも、ある意味では同じようなことをしています。 デルタ関数はある関数の極限として定義されますが、普通の関数空間でやっても特異性がでてきてダメです。 しかし、テスト関数の双対空間でなら、その極限が意味を持ちます。

 あと単純に、I_V,I_vのつくり方がかっこいい。

 以上Haar測度の作り方でした。きちんとした証明が気になる人は、元文献を読んでみてください(そして教えて)